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こうやって記事のために資料を漁っていますと、ソヴィエトの戦車開発はドイツのそれなんかとは比較にならないほど試作車で溢れかえっているんですね。
この混乱ぶりからしても、外交上は友好を装っていたドイツによる突然の侵略が、いかにソヴィエトにとって青天の霹靂であったかが目に浮かびます。
とはいえドイツに勝利した後も、今度は冷戦構造の下で何をどうしてこうなったのか訳のわからない試作車両が多数生まれるわけですが、それはまた別のお話…。


前置きもそこそこに、いよいよKVシリーズのSW要素についてご紹介していきましょう。
KV-85、KV-122、KV2-85、KV2-107そしてKV9の登場です。

1943年12月のT-34-85の登場によって、KVの重戦車としての地位が揺らいだことは先日の記事にて書いたとおりですが、実はこの少し前より、KVの経験を生かした
新型戦車の雛型が生まれてきていたのでありました。時は1943年中旬、WW2赤軍戦車最強の名を恣にするISシリーズの先鋒、IS-1(IS-85)のロールアウトです。
ですが初期不良の手直しや生産ラインの準備など、新型戦車の開発につきものの後処理のためにまだ少々の時間的余裕が必要であり、なかなか量産開始に
漕ぎ着くことができません。悪いことに同時期1943年7月のクルスク戦にてドイツ軍の新鋭戦車(パンター、エレファント、ナースホルン等)の存在が確認され、
これらに対抗できる重戦車の配備がなお一層の急務とされます。T-34やKVどもではこれら猛獣に対して有効な打撃を与えられない、でもISはまだ量産できない…
大祖国戦争(独ソ戦)始まって以来の本格的なピンチです。



そこで考えられたのが、IS-1の砲塔をKV1Sに搭載したKV-85です。前線からの早期の新戦車配備を望む声に押される形で、IS-1までのつなぎとして143両ほどが
生産されたといわれています。ベースはKV1Sですので車体の装甲はそのままですが、砲塔はIS-1のものですのでKV1Cに次ぐ全周100mmの重防御を誇ります。
ただし、より大型の車体を持つIS用に設計された砲塔ですのでKVには幅が広く、少々乱暴ですがKV側の車体幅を一部拡張することによって搭載されました。
主砲の85mm/L51.6 D-5T戦車砲はT-34-85に搭載されたZis-S-53と同じ85mm M1939対空砲を先祖に持つ砲で、いわば兄弟砲と言うべき関係で威力も同じです。
この車両を持ってしても、まだ猛獣どもと正面切って戦うには力不足であるのは明白でしたが、少なくとも有効打を与えることが可能になったという点は
大きく評価できるでしょう。IS-1の生産開始までのピンチヒッターとしての役割は十分すぎるほどに果たしたわけです。
実はこのKV-85の開発と並行して、KV1Sの砲塔のまま85mm砲を搭載できないかという試験も行われていましたが、あまりにも砲塔内部が狭くなりすぎるために
実用性に欠けるということで試作1両で開発放棄されていたりします。これはKV1S-85の名称のみが伝えられている正真正銘のSWです。

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そんなこんなで1943年10月からやっと量産が始まったIS-1ですが、直後に完成したT-34-85によって主砲威力を追いつかれ「また」存在意義が薄れてしまいました。
幸い搭載力に余裕のある車体であったので、生産15日目で更なる火力強化を決定されてしまいます。なんとまあグダグダという言葉しか出てこない感じですが、
ともかくIS-1は翌44年1月までに107両で生産打ち切りとなってしまいました。なんとつなぎで代理かつ間に合わせのKV-85の方が生産数が多くなってしまった!
しかも生産されたIS-1はIS-2へのアップデート改造が行われることになり、最終的に102両がIS-2へと生まれ変わりました。

さて、ここでお気付きになられる方もいらっしゃるでしょうか。IS-1をIS-2にできるなら、KV-85の砲塔もIS-2のそれに換装出来るのでは?と。これがKV-122です。
IS-2は量産開始後にもたつき、月産の生産数が数十両と伸び悩んだため、IS-1の時のように既存のKVの車体を利用して水増ししようという計画が持ち上がったのです。
結局IS-2の生産が軌道に乗ってきたこともあって、試作の域を出ずに終わったようですが、一説には修理廠にてKV-85の砲塔を乗せ換えて作ってしまった例もあるとか。
ゲーム中ではKV1SにIS-2の砲塔を乗せているのでKV-85より砲塔の装甲は若干薄くなっていますが、攻撃力は流石の122mm砲です。もちろんこの主砲に起因する弱点も
引き受けてしまっているので、IS-2のように一撃必殺を常に心がけて行動する必要があるでしょう。

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一方、フィンランド侵攻の戦訓から開発された大型砲塔KVことKV-2ですが、いくら大口径砲を搭載しているとはいえ本質は榴弾砲ですから、純粋な戦車砲に比べれば
対戦車戦での装甲貫徹力は若干どころではなく劣っていますし、なにより装填速度や携行弾数の不満も開発当初から依然として健在でした。
52トンの重量の割にはトーチカ攻撃という限られた用途に特化しすぎていて、独軍重戦車の迎撃という戦略的な要求に答えることが出来なくなっていたわけです。
ですが152mm M-10T榴弾砲という破格の大型火砲を搭載しうる砲塔を備えていたKV-2に、装備できない火砲なぞ無いとばかりに数種の新戦車砲が試験搭載されました。
これが85mm/L54.6 F-30戦車砲を搭載したKV-2-85と、107mm/L48.6 Zis-6戦車砲を搭載したKV-2-107です。
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もともとこの2つの新型砲はKV-3やKV-4などというKVの新型のために開発が進められていた物でしたが、試験のためにKV-2へ搭載されたことが確認されています。
ですがこれらの新型KVは大祖国戦争の開戦により軒並みキャンセルとなり、載せる車両が無くなった戦車砲も宙に浮いた状態となってしまっていました。
そこへクルスクでの猛獣ショックです。てっとり早く既存車両を強化してしまえとばかりに射撃試験の時に搭載した経験のあったKV-2へ載せることが決定され、
それぞれKV-2-85とKV-2-107となりましたが、結局試作の域は出なかったようで、KV-2-85の方に至っては写真すら残されていません。



赤軍戦車に搭載された85mm砲と聞きますとT-34-85のそれと関連があるように思われますがそれもそのはず、同じ85mm高射砲をベースに車載型に改修されたものです。
ソビエトでは同じ弾薬、同じ砲身を使う戦車砲を複数の設計局に試作させ、砲架などの設計を競争試作させる文化があり、
このF-30もまたそのようにして作られたものの一つでした。同時期の競作相手にZis-S-8があり、これは後にT-34-85の砲であるZis-S-53へと発展していきます。
全く同じ性能の戦車砲を細部の違う複数種用意でき、それらを比較した後採用できるというのはこの時代では驚異的なほどに恵まれた環境だといえます。

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このF-30という砲は情報が少なく、開発経緯もその後もよく知られていません。大した数が量産されることなく終わってしまったということだけです。
そもそもこの火力増強計画自体が「独軍に未確認の新型重戦車出現」という誤報にちかい早とちりによって行われたもので、
よくよく確認してみるとそのような重戦車は(独ソ戦開始時には)まだ存在しておらず、その時点で開発が中断されたものと思われます。
43年頃になり前線へティーガーやパンターが顔を見せるようになったときに再度脚光を浴びたわけですが、その頃にはすでに改良型の
Zis-S-53やD-5などの85mm砲が存在していたので、旧式の在庫品であるF-30には用はなかった、と言うことでしょうか。
T-28中戦車にも試験的に搭載が試みられるなど、戦間期最強クラスであったこの砲も史実ではパッとしないまま歴史の闇に消えてしまいました。
(2011/12/13加筆修正)



このZis-6戦車砲はこれまでのものとは系統を全く別にする新型砲で、もともとは107mm師団砲M-60として作られた火砲でした。
この戦車砲は500mでの貫徹力こそ140mmと見掛け上はF-30と大差はないですが、1000mの距離でも130mmを抜く威力を維持しています。
特に今回から実装されます大口径砲の質量補正も適用されますから、実際の威力はさらに向上するでしょう。このクラスの砲にしては装填が早いのも強みです。
これは他の大口径砲のように分離式装薬の形をとらなかった為ですが、皮肉にも史実では逆にこれがネックとなり開発中止となってしまいました。
分離式ではないため装填手を一人しか配置できず、この一人がとてつもない重労働を担わされてしまうためです。1941年4月には両試作砲の試験が行われているので
東部戦線のほとんどの戦場に登場できる都合ですが、この2両、基本車体はKV-2のままですのだからして砲塔の旋回は破滅的に遅いです。SU系自走砲に比べれば
装甲は若干なりとも厚いですし、同軸機銃も付いていますからその点ではマシですが、戦車としてよりも自走砲の類として運用した方が確実でしょう。
さらにKV-2の宿命として冗談のような車高の高さも当然の如く受け継いでいますので、地形に隠れる時もよくよく注意しないとデコに被弾することになるでしょう。
(2011/12/13加筆修正)

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かくして、KV-2からの発展である対戦車型は日の目を見ずにお蔵入りとなったわけですが、本来のトーチカ攻撃、歩兵支援任務でも新たな車両が望まれていました。
しかしT-34には旋回砲塔のまま100mmオーバーの大口径砲は搭載できません。そこでKV-1系列での試作が行われました。試作番号229、正式名称KV-9とされるこの車両は
KV-1の1942年型鋳造砲塔タイプをベースに122mm U-11榴弾砲を搭載しており、1942年に10両作られたとか、完成したのは1両のみだとか正確な情報が得られませんが
唯一確実なことは量産されずに終わったということです。要するに、旋回砲塔に搭載するために、KV-2よりはナンボかマシとはいえそれでも重量過大なKVを使わなくても
旋回砲塔をスッパリと諦めて、T-34の砲塔を取っ払ってケースメート式に榴弾砲を搭載したSU-122が優秀な成績を残したということです。歴史とはかくも残酷なものです。
一応、この改造に伴ってトランスミッションは新型に換装されていたようですが、実戦に出ていては故障の頻発に泣かされたであろうことは想像に難くありません。
とはいえ、ゲーム内では1942年型譲りの重装甲とKVシリーズ特有の梱包爆弾に対するやたらと高い耐性もあいまって、歩兵イジメや旗取りには重宝しそうです。

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と、いかがでしょうか、なんでKVばかりこんなに派生が多いのよと愚痴の一つも聞こえてきそうですが、いや書いてる自分も把握するだけでもかなり難儀でしたが
なぜかKVの系譜には前回のKV-8や今回のKV-9以外にも(色々と微妙すぎて)実戦どころかFHSWにも登場できなかった「極めて大量の」試作、ペーパープランが存在します。
KV以上の量産数を誇るT-34でもここまでの試作車の量はありません。末期ドイツもそうですが、ある程度以上の国力がある国が追い詰められると、押し並べて
ペーパープランの乱発をするようになるんでしょうか。ドイツの場合は試作車も実戦投入してしまうのでまた事情が違ってきますが… とても興味深いです^^;

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水子霊となってしまった彼らの無念を晴らすべく、もとい、祖国存亡の危機を救うため、赤軍の同志戦車兵諸君にはより一層の革命精神の発揮を期待します!
戦え同志よ、ソ連邦英雄よ!レーニン勲章は君の手に!





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