FHSW official dev BLOG
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

kvs1.jpg

昨今、人をしてFHSWは赤軍MODであると言わしめる風もあるようですが、ちょっとお待ちください。
確かに間違いなくSWである派生も同時に出しておりますけれど、派生元は東部戦線では欠かすことのできないような「常連」たちであることにお気づきでしょうか。
ベルリン戦にISU152やメッシュアーマー付きT-34がいなければ、また大砲の国ソヴィエトにB-4のような国産重砲の一つもなければ恰好がつきません。
赤色空軍を見るまでもなく、FHの頃からあまり赤軍は優遇されてきませんでしたから、ここで舞台の共演者を用意しておこうというわけです。



ということで、またも赤軍に大規模な援軍が到着いたしました!
KVシリーズの新たなバリエーションです。
これまでKVと名のつく戦車はKV1とKV2のみでしたが、今回はなんと一挙に10種類の派生型が追加されます。
例によってまた派生、枝番が多数ございますので2回に分けての更新とさせて頂きます。



KVシリーズの系譜は、元を辿りますとかのT35多砲塔戦車に行き当たります。T35の後継戦車を開発する計画によって生まれたT-100、SMKという
2つの試作多砲塔戦車とともに設計されたのがKV戦車の原案でした。スターリンの「戦車を百貨店にするつもりか」という多砲塔戦車に対しての懐疑的な意見と
更には1939年冬のフィンランド侵攻での実戦試験投入の結果から、これら3両の中で唯一単砲塔であったKVは機動性や操縦性でも明らかに優れていることが確認され
遂には軍正式として採用されることになりました。これが1939年の12月のことです。

SMKと並行して開発されたこともあり、実質的にSMKの派生・小型化版といって差し支えない車体構造です。初期型では各所の部品などもSMKと共通した設計が多く見られ
失敗作だったSMKから生まれた傑作ともいえるでしょう。ただし、いかに小型化されたとはいえ当時で40トンの車体重量は明らかに重すぎ、トランスミッションや
クラッチなどに常時トラブルが絶えなかったといい、事実、戦闘損傷による損失よりも故障によるそれの方が多かったと伝えられています。
その上戦争の経過とともに更なる武装、装甲の強化によってますます重量はかさみ、50トンを超える時には足まわりもいよいよ限界で、その後走行装置を一新し
かつ装甲を減じて重量を抑えたバージョンが作られましたが、その頃にはすでに重戦車としての威厳もなく、特に主砲は開発当時の30.5口径76.2mm L-11戦車砲から
39口径F-32、41.5口径Zis-5と順次強化されていきましたが、中戦車であるT-34に85mm砲を搭載したことで「重戦車のくせに中戦車に火力で劣る」という事態が発生し
その上装甲まで薄くなっているのですから、悲しいかなKVの戦略的な価値は急激に減少していくのでありました。



それでは、各車両を個別に見ていきましょう。
現バージョンのKV1はZis-5戦車砲搭載の1941年型ということに設定されていましたが、今回からKV1,KV1E,KV1C,KV1Sと細かい派生が用意されます。
まず無印初代とも言うべきKV1ですが、一般には第2期生産型の1940年型と呼ばれるタイプで、装甲最厚部はこれまでのKV1と同等の、1940年後期型仕様である
90mmまで増厚された物を設定しています。ただし搭載砲が76.2mm/L39 F-32戦車砲と時期に合わせた弱体化がなされていますので、今までの感覚でマップに
登場させますとごくわずか、ほんのちょっとですが、火力が足りなくなるかもしれません。

kv1.jpgkv801.jpgkv803.jpg



KV1Eは独ソ戦の開戦直前、他国に強力な対戦車砲が出現したという情報に惑わされたことによる泥縄的な装甲強化案で、KV1 1940年型の主要部に35mmの増加装甲を
ボルト止めしたものですが、もともと余裕のない足まわりに車体重量が50トンを超えたことによりただでさえ低い機動性がさらに低下してしまいました。
この増加装甲、砲塔側面のものはもともとの主装甲に密着してはおらず、少々の隙間がある空間装甲の類となっていますが、HEATの防御には役立ちません。
そして覚えておいて頂きたいのは、増加装甲が施されたのはあくまで「主要部」でありますので、場所によっては1940年型と同じ厚みしかない「弱点」もあります。
1EのEとはロシア語で増加装甲を意味する"ekranami"エクラナミの頭文字ですが、ドイツ側からはKW1Bの名前をもらっており、こう呼ぶこともあります。

kv1e.jpgkv1e01.jpgkv1e02.jpg



KV1Cは少々特殊な分類で、ドイツ式の分類に基づいた車種となっています。ドイツ軍は鋳造砲塔を搭載した物をすべてひっくるめてKW1Cと呼称しており、
1941年型の後期に生産された鋳造砲塔型も、42年に生産された装甲強化型の、いわゆる1942年型もKW1C扱いです。FHSWでは1942年型の物を設定してあります。
主砲は新たに強化されT-34と同等である76.2mm/L41.5 Zis-5戦車砲を搭載していますが、なにより圧巻なのは装甲の増厚ぶりで、砲塔や車体の正側面が120mmという
ティーガーも形無しの重装甲を誇ります。KV1E以上の重量増加についての足まわりの悲惨さは、もう語らずとも推して知るべしといった感じでしょうか…
その代りに対弾性能は折り紙付きで、なんとティーガーの8.8cm/L56戦車砲を車体のほとんどの箇所で弾いてしまいます。またこちらのZis-5戦車砲も
ティーガーの正面を貫通できませんので、正面きっての撃ち合いでは決着がつきません。なお、ドイツ軍では1Cの鋳造砲塔に対して溶接砲塔を装備するものは
生産年度にかかわらず全てKW1Aと呼ばれました。

kv1c.jpgkw1c01.jpgkw1c02.jpg



KV1Sは軒並み増加しつつある重量によりガタ落ちしている機動性、稼働率を是正すべく、トランスミッション、クラッチなどのリファインと装甲の減厚を行い
重量を42.5tまで抑え、(KVの常識からすれば)高速化した車両です。Sはロシア語で高速という意味の"skorostnoy"スコロツノイの頭文字です。
重量減少のための努力は涙ぐましいまでのものがあり、転輪や履帯までわずかな重量減のために新型が、それも改良を加えつつ何回も開発されています。
砲塔が再設計されてIS系の砲塔設計の原点を見るような流線形の目新しい形状となっていますが、被弾経始の概念を適用してあるとはいえ最大装甲厚は
82mmまで低下してしまっています。主砲も1941年型から同じZis-5ですので、故障の概念がないBFでは少々の機動力回復のために支払った犠牲は大きいかもしれません。
余談ながら、ロシア綴りですと本車はKB1Cと表記されますが、これはドイツ側のKW1Cととても紛らわしい命名ですね^^;

kv-1s.jpgkv1s01.jpgkv1s02.jpg



T-34にはOT34として火炎放射戦車が用意してありますが、KVにももちろん火炎放射型が存在します。試作番号228、正式にはKV8という名称で生産されました。
KV1の1941年ないし42年型をベースに、砲塔には45mm M1932戦車砲とATO-41火炎放射器を同軸で備え、45mm砲にはダミーのカバーをかぶせて76.2mm砲搭載型と
同じ外見になるような改造が施されていました。同様にしてKV1SベースのKV8Sも存在し、1942年に両車合計で102両が生産されたと記録が残っています。
砲塔に火炎放射器を装備した本車は、取り回しがよいのと放射器用燃料の搭載量が多いために車体側に取り付けたOT-34よりも評判がよかったといわれています。
実は今回から火炎放射器の仕様が変更されており、更にこの2両に限らずいくつかの火炎放射戦車が追加されていますが、その紹介はまた別の機会としましょう。

kv802.jpgkv805.jpgkv804.jpg



いかがでしょうか、今回の記事で紹介した車両達はSWというよりも、戦場設定の幅を広げる基本要素の追加という意味合いが強いことがおわかり頂けたかと思います。
では次回はいよいよKVシリーズにおけるSW要素のご紹介をいたしましょう。怒濤の勢いで進撃を続ける独軍重戦車を撃破せしめ、祖国を滅亡の危機から救うため、
赤軍の技術者達は何を考え、何を生み出し、そしてなぜ不採用となったのか。ぜひその目でご確認ください。





スポンサーサイト

| HOME |

Design by mi104c.
Copyright © 2017 Secret Ordnance Factory, All rights reserved.

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。