FHSW official dev BLOG
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こちらではお初にお目にかかります、JagdChihaでございます。
いろんなわけでFHSWの開発を、特にニュースライターとしてお手伝いすることになりました。
これからどうぞよろしくお願いいたします。

記念すべき第一回の今日は以下の兵器を御紹介させていただきます。

最近は戦闘車両はロシアばかり更新されている?
とんでもない、お伝えできていないだけでちゃんとドイツ側も強化されています!
FHSWman氏はじめ開発チームはロシア兵器もドイツ兵器も平等に愛しています。
ただし、人に知られておらず、情報が少ないものの方が「燃える」連中であることは否めませんが^^;


ということで今回はいよいよ後期ドイツへの決戦兵器配備をお伝えしましょう。
3号突撃砲G後期型(及び42式突撃榴弾砲後期型)と4号駆逐戦車F型、そしてヘッツァーのご紹介です。
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今回紹介するうちの4号駆逐戦車とヘッツァーの開発はどちらも相互に関連して行われたもので、どちらか双方を欠くして語られるものではありません。
バルバロッサ作戦発動以降、ドイツはソビエトのT-34に対抗するため3号突撃砲に長砲身7.5cm戦車砲を搭載するようになりましたが、これこそが自走野砲として
火力支援の仕事が主であった突撃砲に対戦車火力を強化し、対戦車戦闘を専門に行わせるいわゆる駆逐戦車というジャンルが派生し確立された瞬間だったわけです。
ドイツの車両メーカー各社は前々からこういった形式の車両についてアイデアを温めていたようで、かなり早期の段階から兵器局へ働き掛けていたようです。
さらに対戦車自走砲は兵器局からしても一時しのぎの間に合わせでしかなく、将来的には完全に装甲密閉された戦闘室を持つ対戦車駆逐車両が必要であると
考えていたことも誕生の助けになったようです。
(2011/12/13加筆修正)
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そして1942年9月、フォマーク社に対して4号戦車の車体を使用した駆逐戦車の開発が正式に認可され、4号駆逐戦車がこの世に生まれることになりました。
これの最終試作品がヒトラーに提示されたのが1943年の12月です。さあ準備万端、いよいよ4号駆逐戦車の量産がスタートする、かと思ったら…

事件は1943年、折しも連合軍によるドイツ本土爆撃が活発化してきた頃のお話です。
昼は米軍、夜は英軍という文字通り昼夜を問わぬ空襲によってドイツ各地の工場は大損害を被りましたが、なかんずく11月26日の空襲は重大な問題を引き起こすものでした。
アルケット社ベルリン工場はこの日の空襲で壊滅的な被害を受け、ここでしか生産されていなかった3号突撃砲の製造ラインが完全にストップしてしまいます!
このため一旦棚上げにされていた、4号戦車の車体に3号突撃砲の上部を乗せた、折衷式ともいえる4号突撃砲の開発が再開されるわけですが、
このことは同じ車台を使う4号駆逐戦車の生産開始にももちろん影響を与え、結局量産開始は翌44年の1月まで遅れることになってしまいました。



さて、そうは言っても歩兵から絶大な信頼を集める3号突撃砲の安定供給は兵器局としても焦眉の急です。
なんとかして別の工場に作らせるか、代替車両を開発するかして数を満たさねばなりません。
ここで目に付いたのが占領地チェコのBMM社です。この工場では主に38(t)戦車の派生車両であるマーダー3対戦車自走砲を製造していましたが、
ヒトラーはより戦力となりうる3突の製造を提案しました。しかし、もともと小ぶりな車両しか作っていなかったBMM社は13t以上の車両は製造する設備がないとして反対します。
その代りに、38(t)戦車を使用した新たな対戦車車両を開発すると逆提案したのです。こうして設計が始まったのがヘッツァーでした。

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4号駆逐戦車からすれば、思いがけないライバルの出現となってしまったわけです。
なんせ搭載する砲は全く同じ、防護力は確かに勝っているものの製造時間やコスト(ヘッツァー1両で5万4000ライヒスマルク、4号戦車のほぼ半額)は全く劣っているわけですから。
しかも連日の突貫作業により4号駆逐戦車の量産開始時期の1月の内にヘッツァーの設計は完了し、3月には先行量産まで開始される始末。
こうして1944年11月には4号駆逐戦車の製造は終了とされ、長砲身型の、いわゆる4号駆逐戦車/70(V)「ラング」の生産へと切り替わってゆくのでありました。

なんとも不憫な経緯をたどった4号駆逐戦車ではありますが、後のラングの母体となったという点を考えれば全くの無駄ではなかったでしょう。
総生産数は10ヶ月間で802両、末期ドイツの新兵器としてはこれでもまだ多い部類に入るのが悲しいですね…
ゲームではラングの鋼製転輪のままではなく、ちゃんと4号戦車からのゴムリム転輪が再現されています。
また、今バージョンから4号駆逐戦車シリーズにも前方機銃が装備されましたことも忘れずにお伝えせねばなりませんね。

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ところで、FHSWでは「4号駆逐戦車F型」という名称が正式となっていますが、この文中では「4号駆逐戦車」と呼んでいます。実はこの型番は一旦はそう名付けられましたが
いつの間にか消えてしまったもので、しかもその由来も明言された資料が残っていません。元となった4号戦車F型から来ているのでは、という説があるだけなのです。
ならばラングに対して無印とでも呼ぶべきでしょうが、一時だけでもこう呼ばれた以上は「4号駆逐戦車F型」と呼称して問題はないでしょう。
なお、極初期の試作段階にはO型というものも数両ありました。これは防弾用装甲板ではなく一般軟鋼板で作られた、戦闘には使用できない文字通りの試作車両です。

5/29 追記:
もともと4号戦車の転輪は、ふちに衝撃緩衝用のゴムをあしらったゴムリム転輪を使用していましたが、4号駆逐戦車の開発に当たって前面の装甲強化を行ったところ、
戦車型の時とは重量配分が違うため、重量バランスが崩れ前のめり気味になってしまいました。
こうなると車体前方の、特に前から2番目までの転輪に重量が集中してかかってしまい、ゴムがすぐボロボロになってしまうのです。これでは継戦能力に問題があるとして、
転輪の内部にゴムを内蔵させた、さしずめサンドイッチ構造ともいうべき新型の鋼製転輪が開発配備されました。
4号駆逐戦車F型ではまだ砲が小さく軽いので、この問題はそれほど酷くなかったため、ゴムリム転輪のまま生産された車両がほとんどですが、
装甲強化と長砲身化してさらにフロントヘビーになった「ラング」では、極初期の生産車を除き大多数を新造の時点から前方2個の転輪を鋼製のものにしており、
また機関室上方の予備も鋼製転輪を配備するように改められました。実際は旧部品在庫の関係などもあって、明確にいつの時期から切り替わったとは断言できないようです。
ということで、今バージョンから通常の4号戦車の転輪もゴムリムのものになりました。今までは4号系は全部鋼製転輪だったんですよね…



ヘッツァーの方も、実はこの愛称は初めは非公式なものでしたが、前線の将兵にこう呼ばれているうちにヒトラーの耳に入り、正式化されたという経緯があります。
本来の目論見では大戦末期の一連のEシリーズ計画のうちの一つ、駆逐戦車E10のために取っておかれた名前ですが、いつ完成するかわからない新車両より
身近な戦友に愛称をつけたくなるのは仕方のないことかもしれません。
ぱっと見38(t)戦車そのままに見える足回りですが、実際には車体や履帯の拡張や転輪の大径化、エンジンのパワーアップなどのためほとんど別モノとなってしまっているので
FHSWman氏によって全くの新規モデルとなっています。

生産数は終戦までのおよそ1年間に約3000両、いくら生産性を重視した設計とはいえ、
末期しかも中小規模なメーカー2社(BMMのみでは手が足りず、後にシュコダ社でも製造されました)
による生産だったことを考えれば驚異的な数です。後期MAPでは4号駆逐戦車F型、ラングなどよりは見かけることもずっと多いでしょう。
ですが、いくら砲威力は同じとはいえ装甲板は相当に割り引かれています。正面でなんとか60mmあるものの、側面はたったたったの20mmです。
チハ並みに小さい車体に可能な限り大きい火砲を搭載した結果とはいえ、少々心もとない気もします…
それに、軽く小さい車体ゆえ見た目は軽快に走りそうですが、エンジンが非力なせいで走行性能も貧弱となっています。
ただし、車体上面には乗員が露出せずに使えるリモコン式機銃が装備されているので、戦車兵がしっかりと周囲を警戒しているならば歩兵の肉薄は困難でしょう。

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3号突撃砲G後期型の主な改修点は、なんといっても猪頭型防盾(ザウコップ)の装備です。これによって正面からの砲弾を弾きやすくなり防御力の向上に成功しました。
そしてさらに主砲同軸の機銃が装備されるようになりました。このためこの装備を持つ車両では砲撃要請を受けることが出来なくなっています。
かつヘッツァーと同じく、リモコン機銃も装備されていますので、ラングやヤークトパンターに比べれば対戦車火力は及ばないものの、歩兵との戦闘では優位に立てるでしょう。
なお、知る人ぞ知る一連の3号突撃砲シリーズ正面の「セキュリティホール」もこの後期型では史実と同じく対策されています。
同じようにして42式突撃榴弾砲にも同様の後期型が用意されていますが、同軸機銃は前述の通り砲撃要請を受けるために装備されません。

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さらにダメ押しとばかりに、今バージョンより4号駆逐戦車や3号突撃砲G後期型をはじめとしたいくつかの独軍戦車には近接防御兵器(NtW)が装備されました。
これは車体上方へ向けて小型の榴弾を投射する兵器で、歩兵の肉薄を排除するため大戦後期から配備されました。
爆風範囲が狭いのでしっかりと飛ばしたい方向へ向けて発射しないといけませんが、歩兵の皆さんには恐ろしい防衛線が展開されることでしょう。
また、この武器は車両の上やタンクデサント席に乗っている味方歩兵にもダメージが入ってしまいますので味方が近くにいる場合には要注意です。
(2011/12/13加筆修正)
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FHSWでの話をしますと、同じ砲を積んだヘッツァー、4号駆逐戦車F型、3号突撃砲G後期型では
戦車との正面戦闘では4号駆逐戦車F型が装甲厚で勝り、
歩兵の肉薄を迎撃するならNWを装備した3号突撃砲G後期型が手数で勝り、
待ち伏せての側面攻撃では車体のサイズからヘッツァーが優位でしょう。



いかがでしょうか、末期欧州戦を語る上で欠かせない役者がやっと出そろった形ですが、
こうして見てみるといかにこの時期のドイツ軍が歩兵の肉薄攻撃に苦慮していたかが読み取れますね^^;
これらの車両に共通して言えることは「単機では行動しない」ということです。特にヘッツァーは開発コンセプトからしても「歩兵部隊の対戦車火力の補強」です。
友軍と連携し、歩兵と協同し、赤軍のスチームローラーを食い止めるのです。祖国の命運は戦友諸氏の機甲戦力の活躍如何にかかっているのです!




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